10. 泣きたくなったら僕を呼んでね

 いつだってわがままし放題で、そのくせ、人にわがままされるのが大嫌いで。
 それなのに、ねぇ、そんなに片肘張って、疲れないの。

「…お前の思考回路のほうが疲れるぞ、俺は…」
 ぐったり、という表現がぴったりなほど机にのしかかりうつぶせた準太は、そう言って肩を震わせている。ついでに、かたかたと机まで揺れていた。笑い上戸の彼のつぼに入ってしまったらしい。
「ふんだ」
 どうせ、最初からまともに相手にされないことなどわかっていた。こんな反応は予想のうちだ。
 三年生が卒業して、準太は最高学年に、利央は二年生になった。
 和己や慎吾といった三年生たちは、それぞれが選んだ道を歩き、今もたまに連絡を取る。早く先輩離れしなきゃな、なんていいながら笑う慎吾の隣で、でも頼られてうれしいのも本当なんだぞ、と和己が笑っていた。そのへんの余裕はまだ判らないけれど、本当なら手を離れている先輩たちが、それでも自分たちを気にかけてくれているのはうれしかった。
 卒業した上級生に代わって主将を引き継いだのは、四番バッター。最初は準太に、という話もあったけれど、何より本人が辞退した。マウンドに登れば自分で精一杯だ、というのがその理由で、それにはなんとなく全員で納得してしまって。
 少しずつ変わってくる、部活や生活。
 それに慣れた頃、見なくなっていた光景に思い当たった。
 余裕を持っている、頼れる上級生たちが卒業して、準太の目には力しかない。
 ただ、真正面から来る何かをまっすぐに捕らえて、打ち負かすだけの力。
 そこには、一切の弱さがなくて。
「…準サン、笑いすぎ」
「だ、って、とま、んねー…」
 途切れ途切れの声がかすれて聞こえた。どうしてこう、意味不明なつぼを持っている上に、それが長引くんだろう。綺麗な顔が笑いで真っ赤になるのは、いつ見てもアンバランスで落ち着かないのに。
「あー、おかし… お前ね、少ないノーミソフル回転させてそんなこと考えてる暇があんなら、早いとこ俺のシンカー捕ってくんねー?」
「っ… だって、きになったんだもん」
「俺はお前のその成長のなさが気になるよ。あー、笑った」
 漸く体を起こした準太が、その黒い瞳の端に浮いた涙を拭う。笑いすぎで涙が出るなんて日常茶飯事のこの人には何を言っても無駄だろうけれど、一応、泣くほどのことかよ、とだけ言っておいた。
 準太の黒い瞳には、利央にはない、強い光がある。
 それは色の差とか、そういう単純なものじゃない。言い換えれば、決意とか、信念とか、そういう強いものだ。その強さがにじみ出て、準太の黒瞳の光が強くなる。自分の目じゃ、はじき返せないほど、まぶしく、力強い力。
 その力が、言葉を出さずに利央の足を止めさせる。
 構うな。言うな。平気だ。大丈夫。
 そう繰り返し繰り返し言って、口を開くことさえ辞めさせる。
 結局、押さえに押さえられた言葉は、カタチを変え、こんな風にしか出てこない。力もなく、まるでただの子供のダダのように。
「まぁ、いいんだけどな。利央らしいよ」
 くく、とまだ喉の奥に笑いを残したまま、準太が呟いた。
 準太は、今はもういない先輩たちに傾倒していた。特に河合に対する思いは人一倍強かったし、だからこそ、彼らから引き継いだ野球部を引っ張っていくために、強気のエースを演じている。
 本当は、本当の準太は、ものすごくもろいものだと、そう思っているのに。
「…ねぇ、準サン」
「んー?」
 穏やかな空気の中で、返される声は間延びしている。
 力強い色を帯びて、黒々と光る瞳。
 たとえばそれが見栄で、意地で、虚勢で彩られたものなんだとしても、準太はそれを本物にしようと努力している。そのために、どうしたって準太に甘い利央を、その力で押さえつける。
 構わなくていい、放っといてくれ。俺は、がんばれる。
 そう言葉にしないまま告げているから。
 でも、せめて、ほんの少しでいいから。
「すきだよ」
 それだけは、信じて。
 いつか虚勢に疲れて泣きたくなったら、一番に呼んでね。
 俺は、きっと誰よりも一番すきだから、誰よりも一番、側にいたい。
「…阿呆」
 帰ってくる憎まれ口は、でも優しくて。
 知ってるよ、と続けられる声の漏れる唇は、見栄も意地も虚勢もなく、利央のよく知っている準太の姿で、笑みを浮かべていた。

利央みたいなタイプは一番扱いづらいと思いますよ。