07. 答えを失くした間柄
「たとえばここに一本の毒があったとする」
唐突に学生服の内ポケットから一本の瓶を取り出した雲雀は、逆光の下でそう言った。
意味が判らない、と言えば、たとえばの話だよ、と適当に流される。
「この中身はなんの変哲もない、ただのドリンク剤だ。どうしてここにあるのかとかそういうくだらない質問は受け付けない。ただこれはここにあって、そして、毒が詰め込まれている」
きゅるりと、ガラスと金属が擦れ合う独特の音を立てて、封が切られる。
「君はこの中身が毒だと知っている。けれど、僕は知らない。この場合、君はこれを口にしようとした僕を、どうする?」
完全に口の開いた瓶からは、水の揺れる音がした。
「放っておく」
毒だろうが栄養剤だろうが、泥水だろうが腐った牛乳だろうが。
それを雲雀がどれだけ口にしようが、知ったことではない。好きにすればいいし、止める権利もないし、そのつもりもない。
毒で死ねばそこまで。栄養剤で力が回復したというのならそれはまた戦うだけの力を得るということだし、泥水なら吐き出している姿を笑うことすらして見せるだろう。
それがどうした、と見上げれば、雲雀は、これ以上ないほど楽しそうに笑い。
「いいね。君のその不屈さは、嫌いじゃない」
開いた瓶に薄い口を当てて、一気に呷った。
小さな瓶の中身は、一気に雲雀の口内に流れ込み、そのまま体内に吸収されていく。
「…っ!!」
反射で起き上がってしまう。身体が勝手に動いた。まるで、指先から電気を通されるみたいに、無意識で。
「…人の話を聞いていた? これは、ドリンク剤だ」
「……う、るせぇ。聞いてたよ」
掴んでいた腕を放す。力が抜けるようにして、また同じ場所に座り込んだ。
聞いていた。知っていた。止めないと、言ったのに。
それがただのドリンク剤で、毒でもなんでもないと。飲んだところで栄養が補充されるだけだと。
たとえばそれが毒でも泥水でも、止めないと言ったのは、自分なのに。
この腕は何だ。身体は何だ、足は何だ。
いまこの身は、全身全霊をかけて、雲雀の行動を、止めようとしていたではないか。
「……っ、クソッ。てめぇもなんで、こんなことすんだっ」
頭を抱えてしまう。
そうだ、そもそも雲雀がこんなことを言い出さなければ、こんな行動取らなくて済んだのに。
いつもみたいに適当に打ちのめして、適当に放っておいてくれたらよかったのに。そうしたら、また何事もなかったのだと自分に言い聞かせて、家に戻り、シャワーを浴びて一日をリセットして、また明日を迎えられたのに。
珍しく立ち止まったりして、こちらを振り返ったり、するから。
「さあ、どうしてだろうね」
気まぐれな猫みたいな相手は、さらりと流して、目の前に膝をついた。
瓶が揺すられる。変わらない、水の揺れる音。
一気に呷られ流れ出たのだと思っていた液体は、その半分以上を残していた。
「僕は君の、その不屈さがいいと思う」
けれどね。
薄い唇が笑い、その端に瓶の口を触れさせた。
「その矛盾も、嫌いじゃない」
く、と傾けられた瓶が、今度こそその中身を一滴残らずなくしてしまう。
目の前で空になった瓶は適当に放り出され、その行く末を見るともなしに見ていた視界は、黒一面に染められて。
「っ、ん…」
触れた唇から、独特の味が流れ込んでくる。美味しいとも不味いとも言えない栄養の塊は、喉を流れ、身体の一部になり溶け込んでいく。
目を閉じれば、その様子が手に取るように見えてきて。
毒だ、と思った。
この液体はやっぱり毒で、雲雀の身体を流れた後、自分の身体に流れている。
同じ毒に侵された身体は、やがてぐずぐずに交じり合い、一つの固体となってしまうんじゃないだろうか、なんて。
それは、酷く甘い思いで。
これは毒だ、と。
惚ける頭でそれだけを考えながら、何ともわからない液体を、獄寺は飲み干した。
元はブログスキンの追記テスト用に書いたものでした。 ▲