06. きみのその癖、好きだよ
旅が始まりしばらくしてから、気づいたことがある。
白饅頭ことモコナによって導かれ渡り歩く世界は、所によっては姫の羽がない場所もあり、そういう国は高確率で穏やかな風土であることだ。戦もなく争いもなく、日々が穏やかに過ぎるのが当たり前の人たちばかりで、見ず知らずの旅人にも親切に対応してくれることが多い。
そうして今日も、なんの滞りもなく次の国へ旅立つまでの仮宿を手にした一行は、おそらく長くても二晩程度になるだろう、穏やかな時間を過ごしていた。
「これも読めるの?」
「はい。ここにあるものは自由に使ってかまわないと書いていますね」
「すごい、小狼君。いくつの文字が読めるの?」
「そんなに沢山は読めません。似ている文字が多いから、推測したりもしてますし」
例えるなら、ほわほわ、とか、ほのぼの、といった空気を纏う二人は、備え付けの暖炉の前、置かれた備品を見ながらのんびりとした会話を交わしている。この世界には羽が無いことや、翌日まで移動はしないと確定しているからか、いつもの張り詰めたような様子とはまた違った雰囲気だ。
「っていうかー、和むよねー」
「なんの話だ」
備品の一つである、小さな布で目元を拭う仕草をすると、すぐ脇で呆れた声が上がる。暖炉と正反対の出入り口で隠れるようにして二人を見ている年長者二人組の、自分ではないほう、黒鋼だ。
「やだなぁ、小狼くんとサクラちゃんに決まってるよー。若いっていいよねー、可愛いって罪だよねー」
「…いつにもまして意味の分からんことを」
「黒様だって若いんだから、こう、もっと可愛さをアピールしたらー?」
ほら、と黒い髪に布で作った簡単なリボンを乗せる。桜都国で作った覚えがあるそれは、分かり切っていたが、黒鋼には非常に似合わない。
「やーん、かわいー」
「分かりやすい嘘をつくな!!」
布ごと、両腕を持ち上げられる。身長差がある所為であやうく足が宙に浮きそうになるが、それくらいは予測の範囲内だったらしい、ぎりぎりのところで腕の上昇が止まった。ただ、こちらのほうが体勢としてはかなりきつい。
「黒ぴっぴ、力持ちは良いんだけど、力みすぎじゃない?」
「あぁ?」
「眉間に皺。すごい」
それ、と視線だけで指せば、更に濃く刻まれる。彼のそれはすでに癖になっているのか、いつでもそこにある。
「誰の所為で寄ってると…」
「え、オレの所為? そうなの?」
「……他に誰が…」
がくり、とはた目に分かるほど肩の力が抜けたらしい黒鋼が、腕を離すと、そのまま座り込んでしまった。あぐらをかいて座るその姿は、なんだか哀愁漂っていておもしろい。
「くーろさま」
その姿を追い掛けて座り込む。膝を抱えて真向いに顔を向ければ、なんだよ、と更に深い皺。
「黒様は表情豊かだなぁって」
「なんだそりゃ」
「皺にしたってなんにしたってさ。黒ぷーはすごく正直に顔に出るから、にぎやかだなって」
「知るか」
「あ、不貞腐れた。やだなぁー、オレ誉めてるのに」
ふい、と逸らされた視線に笑う。
外見と態度が正反対の黒鋼。自分にはない大きな体なのに、その内にある心は時々とても子供っぽい。実際の年の差は、たぶん物凄く違うはずだから、子供みたいなものなんだけれど。
かわいいなぁ、と。
ものすごく、思うときがあるんだ。何もかもが立派な、すっかり眉間の皺が癖になっている、この男を。年齢だとか、そういうことを全く関係なくしても。
「ほらほらー、しかめっ面恐いよ。おとーさん」
「誰が…っ」
最近板に付きはじめたあだ名で呼べば、さらなる怒りで濃くなる紅い瞳が振り返る。きれいだな、なんて思いながら、相変わらず深い眉間の皺に唇を寄せた。
ちゅ、と軽い音を立てて離れれば、勢い良く振り返った姿勢のまま固まった黒鋼が、目を見開いていて。
くるくると表情の変わる、感情豊かな黒鋼。
そうかと思えば、冷静に判断を下したり、状況把握が誰より一番早かったり。
本当におもしろいなぁ、と。
ファイはのんびりと思いながら、固まったまま動けない忍者の髪を、よしよし、と撫で続けていた。
遠慮なく年上風を吹かせます。 ▲