09. ことばはいらない、こえだけあれば (※ライルートネタバレ)

 静かに流れる音楽は、初めて聴く歌だった。

 賛牙のうたう歌は今までも幾度か見たことがある。賞金稼ぎなんて商売をしていれば、まわりはほとんど敵のようなものだし、その中にはつがいも何組かいた。そういえば、笛で歌う賛牙を連れたつがいを追い払ったのは、そう前の話でもない。
 少し前には痛みで歌う猫とも戦った。どの猫も歌い方は違うが、闘牙を思い歌われることに代わりはない。
 それならば、今横で静かに歌う猫は、いったい何を思っているのだろうか。
 控えめに出される声は、ようやく耳に届く程度で、単語としては聞き取りにくい。もしかしたら、明確な言葉ですらないのかもしれない。けれど、それ以上に旋律が伝えてくる。
 自分はこんなにも穏やかでいる。安らいでいる。
 だから、穏やかでいてほしい、幸せでいてほしい、と。
「おまえの声は不思議だ」
 遠く、遺跡の向こうに見える森を見、目を閉じる。さわりと吹き抜ける風が、銀の髪を揺らし頬を掠めた。
 歌は途切れないが、コノエの目がこちらをみているのが分かる。
「心に染み入る」
 緩やかに、静かに、穏やかに。
 まるで呼吸をすると同時に入り込んでくる空気のように、自然と体に染みてくる。そして、固まっていた神経を少しずつ緩めとかしていくようだ。
 幼い頃、目の前で命を奪われた両親。決して尊敬もできなければ、失って惜しいとも悲しいとも感じない、自分にとってはどうでもいい存在だ。それはこの先も変わらないだろう。死した猫たちはよみがえらず、新しい記憶をくれはしない。覚えている、おおよそ親らしくない二匹の態度や言動、行動は覆らないまま、生きていく己の中で繰り返されるだけだ。変わりようがない。
 彼らは、この体に傷と闇しか残さなかった。親友の仔だからと何かと世話を焼いた虎猫も、両親の死から間を置かず闇に落ちた。あれから幾年も経って、生きていることの方に驚く。どこかでみっともなく行き倒れただろうと疑わなかったから。
 宿った瞬間から繋がれていたはずの絆は生まれると同時に断たれ、ようやく手に入れた絆は裏切られなくし、残ったのは命に温もりを求める浅ましい自分だけ。
 かまわない、と思った。
 この賛牙を見つけたとき、呪いを解く手段を探すと決めたとき。
 どうせ長く生きているつもりなどなかった。闇に落ちる前に、自ら命を絶とうと思ったこともある。
 浅ましい自分、血肉にぬくもりを求めたおろかな己が、この猫を元の姿に戻すことの役に立つのならば。その死が、前を向いているものならば。
 物語の結末で死ぬのなら、かまわないと。
 けれど、不思議だ。
 今は、死よりも生を望む。
 次の瞬間にはその首に牙を立てられるかもしれない相手に、こんなにも無防備な猫がいる。体を預け、喉を鳴らし、歌で思いを伝えてくる。穏やかでいて欲しい、安らかでいて欲しいと願う、猫がいる。
 この猫が望むのなら、最後のその時まで、自分はつがいであり続けたい。この声を受けて戦う闘牙でいたい。
 闇が真後ろで口を開けて待っている。だが、落ちてやるわけにはいかない。
 せめて呪いを解くまで。あの魔術師を討つまで。
 己のままで、生き続けていたい。
 この賛牙に恥じぬ、闘牙のまま。
 コノエという猫の中に、少しでも、正気の己を残せるように、まっすぐと。
 横から聞こえる歌の曲調が変わる。なにか、浮かれたような、くすぐったいような音が加わり、更に響く。
 冷たい冬の風が舞い上がり、それは互いの髪を揺らし、歌を拾い、空高くへと上っていく。
 けれど、言葉にならない賛牙の声は、いつまでもライの耳を擽るように残っていた。

ゲーム終盤。このシーン大好きで何度も見ました。