10. 幸福はここにあるのだと知る

「ドクターシャマルの時に思ったんですが」
 唐突に、ツナがつぶやく。
「え、なんだ?」
「獄寺くんは全然そんなところが無いから、たぶんアレはシャマルの性格なんだと思って今日まできたけど」
 二人だけの部屋。ファミリーのボスが鎮座するにはあまりに小さな座布団に正座をした弟弟子は、下を向いたまま溜息を吐き。

「やっぱりイタリア男は女好きなんですね」

 爆弾発言をしたのだった。

 切り詰め切り詰めしてできた、たった二日の休暇に、日本にいこう、と張り切っていえば、腹心の部下は大笑いした。
「ボス、弟弟子が可愛いのは分かるが、たった二日じゃ着いた途端に帰らなきゃならねぇ。それでも行くのかい?」
 答えは、イエスだ。
「その数時間のためだけに仕事したんだ。行かなくてどうすんだよ」
「こりゃたまげた。ボンゴレ十代目には早く立派になって頂きたかったが、こんなにボスがやる気になるならずっと日本にいて頂きてぇな」
 豪快に笑いながら、ロマーリオが胸元から携帯を取り出す。部下に日本行きの手配を指示する声を聞きながら、くるりと椅子を回転させた。
 暖かな日の光を届ける大きな窓の向こうに広がる空は、遠く日本まで続いている。
 早く逢いたい。
 ロマーリオは、可愛い弟弟子、と言ったが、実際は違う。
 古くからの付き合いであるボンゴレ九代目の遠い血縁者。父をボンゴレ門外顧問にもつ、明るい色の目をした少年は、ただ弟弟子だから可愛いわけじゃない。もちろんそういった意味でも可愛い。リボーンの生徒は他にもいるのだろうが、年も一番近くしかも年下といわれれば可愛くないはずが無い。
 でも、正直な話、あの子が可愛いのは。
「ボス」
 日の光に透けて赤みを帯びた顔が見えた、と思った瞬間、声をかけられ肩が跳ねた。
「あ、ああ。なんだ」
「日本行き、手配が終わったぜ。二時間後には発つ」
「そうか」
 よ、と弾みを付けて椅子から立ち上がる。トレードマークになりつつあるお気に入りの上着を片手に振り返った。
「二時間で何か土産を用意しよう。ツナなら何か菓子がいいかな」
「ボスが食いたいんじゃないのか?」
 おかしそうに笑うロマーリオに、うるさい、と返してジャケットを羽織る。
 時間は短い。二日の自由を手に入れたとしても、日本とイタリアでは距離があり、往復には時間が掛かる。滞在時間も、部下が言うようにとても短いものになる。
 だからこそ、可愛い後輩と出来るかぎりのことをして、出来るかぎりの話をしたい。
 彼が比較的自由でいられる時間は、とても短いから。
 なのに、どうして今、可愛い後輩は自分を睨み付けるように見ているんだろうか。
「つ、ツナ?」
「女性は口説くのが礼儀だ、って前にシャマルに言われたけど、まさかディーノさんまで」
「ち、ちょっと待てって! 何の話だ?」
 確かに、土地柄か陽気な人間は多いが、全員がそうだというわけじゃない。シャマルは特別だ。正直な話、アレと比べられるのはつらい。
「さっき、ハルにだって可愛い可愛いって」
「あ、ああ… って」
 つい今まで居た少女のことを、口を窄めて外方を向きながら、面白くなさそうに。
 あれ。これは、もしかして。
「ツナ、妬いてんのか?」
「へっ!?」
 下を向きながら顔を反らすという、徹底的にこちらと目を合わせる気が無いらしいツナの顔を、わざと覗き込めば、目を見開き、その頬が一気に赤くなる。
「ち、違っ」
「なんだ、可愛いなぁ、ツナは」
「可愛いって… オレはハルとは違いますよっ」
「そりゃそうさ」
 に、と笑い、赤みの増す頬に口付ける。
「ツナは特別可愛い」
「………あ、の」
「ツナが一番可愛い。ハルは可愛いけど、妹みたいな可愛さだ。でもツナは違う」
 金魚のように口をぱくぱくさせているツナの、膝の上に置かれた手を取る。その甲に唇を落とし、指をからめた。
「ツナの可愛いは、愛しいからだ」
 最初は兄弟弟子で後輩で、いずれはイタリアトップのファミリーを背負うことになる子供、ただそれだけだったのに。
 憧れ全開で見つめてくる瞳に引き込まれたのは自分だ。可愛くて愛しくて仕方ない。
「ディ、ディーノさ… わっ」
 顔どころか耳まで真っ赤にしたツナに笑って、からめた指をそのままに引き寄せる。腕に落ちる体は小さくて、壊さないようにと抱き締めた。
 可愛い、愛しい未来の同盟主。
 いつか必ず離さなければいけないと分かっていても、今は出来ない。腕の中にある幸福という名の子供を、ここにある今を、大切に抱き締めたい。
 幸せだと感じるディーノの心は穏やかに満たされ、腕の中で硬直したように動かなくなった兄弟弟子にかまわず、時間が許す限りそうしていた。

ハルハルインタビューディーノ編後。