ひばりのたまご
「いやおかしいだろう」
扉を開けた瞬間、そう言い放った獄寺は開いたばかりの扉を閉めた。
なんだ今のは。見間違いだろうか。
いやそれにしてはあまりにも違い過ぎる。どれくらい違うって、そりゃもう月とすっぽんくらいに違うはずだ。見間違うなんて、そんなはずはない。
落ち着け、落ち着け。あるはずがないんだ、絶対何かの間違いだ。じゃなきゃからかわれているんだ。
「…そうだ、からかってんのか。ちっ、性格の悪ぃヤツだぜ」
ははは、と自分でも可笑しくなるくらいの空笑いを洩らして、改めて扉に手をかけた。
思いっきり横に滑らせる。がらがらと派手な音を立てて開いた応接室改め風紀委員室の扉の向こう、定位置に座った委員長は不機嫌顔で、煩い、と睨みつけてきた。
「扉くらい静かに開けて。それと」
「……ひ、ばり」
「さっきのは何? 失礼だな」
「いやいやいやいや!? お前こそどうしたよ!!」
見間違いじゃない。確かにそこに、それがある。
「何が」
「何がじゃねぇよ!? むしろ俺が何がって言いたい、まじめにっ」
「君の口から真面目なんて言葉を聴くことが出来る日が来るとは思わなかったな」
「つーか、いや、うん。聞くぞ、これ聞いてもいいんだよな!?」
「あのね」
足早に近づいて、丸い、黒い頭を掴む。
「おま、お前、なんだこの、卵はー!!」
黒い髪に埋もれた、いつもなら黄色い鳥が眠るその場所に。
ぽつんと一つ、白い卵が埋もれていた。
「生んだんだよ」
「はあ!?」
あっさりと投げ出された答えは、到底納得できるものではない。
「何が? 鳥が? お前が?」
「本気で咬み殺すよ。僕が生めるはずないし、なにより生んだからってどうしてこんな場所に置かなきゃいけないの」
眉間に深く皺を寄せた雲雀の頭を離す。が、変わらずそこには、ころころと転がりそうな小さな卵が乗っている。
問題はそこじゃないんじゃないだろうか、なんてことを冷静に、心の中だけで突っ込みながら、そっと手を伸ばした。小さいながらも卵は確かに暖かく、なのになぜかここから転がり落ちてはいかない。
「え、じゃあ、あの鳥が?」
普段からこの場所には、いくらか前まで敵に飼われていた黄色い鳥が居座っている。どうしてだか動物受けのいい雲雀はそれを許していたし、時々嘴で髪を引っ張られても何も言わない。雄なんだか雌なんだかも知らないし、本当に気づいたらなついていたくらいだから、自然とそこに居るのが当たり前になっていたけれど。
「そう、だと思う」
「なんだよ、歯切れが悪い」
「正確に言うと、あれが飛んでいった後に残っていたんだ。僕もさっき気づいた」
生徒に与えられるにしては豪華すぎる革張りの椅子に腰を下ろした雲雀は、ぴっしりと背中を伸ばして綺麗過ぎるくらいの姿勢で座っている。もしかして、卵を落とさないためなのか。それに気づいたら、なんだか少し微笑ましい気が。
「いやしない。しないぞ、俺」
落ち着け、と今日二度目になる呪文を自分に言い聞かせる。
ここは気持ちを入れ替えて、話を聞くべきだ。
「そ、それで。お前まさかその格好で外に」
「出るわけないだろう」
「だよなー…」
良かった。この姿で出歩かれては、並中風紀委員長は頭がめでたくなったのかと思われる。最強の不良とも言われ、この界隈一帯を支配する恐怖の中学生がその頭に鳥の卵を乗せている姿など、見せられたものではない。
「そんなことして、落としたらどうするの」
前言撤回。
その格好で出歩いて盛大に笑われてしまえばいい。笑う勇気のある生徒が居るかどうか、既に支配されて数年経つ並中では怪しいが。
「ならお前今日ずっとその格好でここに居るつもりか」
「そのつもりだけど」
何か悪い、と。本気の目が言っている。
姿だけ見れば、頭に卵を乗せた間抜けで馬鹿馬鹿しい格好で、おまけにその土台が恐怖の風紀委員長だというのが最強におかしいのだが、どうしてだか笑えない。
そりゃあ、確かに卵を落としてしまうようなことはしたくないだろう。それが有精卵なのかどうかは知らないが、少なくともあの鳥が預けていったのなら手放すことはしないはずだ。人間には冷たいが動物に優しいのが雲雀恭弥という人間で、だから本当に身動きせずにここに居るつもりだと思う。
気持ちはわかる。自分でもそうしたくなると思う。
が、生憎とそんなに大人ではない。
「あーそうかよ。じゃあせいぜいがんばれ」
机越しに不動を貫く卵男を睨みつけて、踵を返した。
別に何か用事があって来たわけではない。ただなんとなく放課後はここにくることが多くなっていたから、体が勝手にここに向かっただけの話だ。それ以外になにもない。約束も、決まりもないのだから、来なくても良かった。
それでも来たのは、惰性と、ここになら確実にいるだろうという期待からだ。
部活があるという山本はさっさと野球部に向かい、沢田はなぜかイーピンとハルが迎えに来ていた。そのまま、笹川と黒川を連れて買い物兼遊びに出かけるという。誘われたが、女性率の高さに丁重にお断りを入れた。メンバー的に、どこかで義姉も入ってきそうな雰囲気があった所為もある。出来るだけ会いたくはない。
結局ポツリと残されてしまったから、暇つぶしにでも行こうと、風紀委員室の扉を開けた。とたん目に入ってきたのがかの間抜けた姿なのだから、笑うことも出来ない。
訪れたときと同じように扉を閉めて、廊下を早足で歩いた。きゅっきゅっと音を立てるリノリウムが、今ばかりは耳障りで仕方ない。
確かに何も予定はしていなかった。勝手に行っただけだ。雲雀は、それに対して居ろとも出て行けとも言わなかった。どうでもいいのだろう、あの男にとっては。
既に校内は放課後で、廊下を歩く間にすれ違う生徒は少ない。ジャージやユニフォームに着替えた女子生徒たちとすれ違い、その後で教師の集団とすれ違う。互いに、全く関心などなく行き違うだけ。どうでもいいと、誰も彼もが、誰も彼もをそう思っている。
心の中を薄暗い何かが埋め尽くしていく。どうしてこんなに気分が悪いのかも判らない。けれど、ただ胸が異様にむかむかして、頭が痛む。吐き気はないけれど、喉の奥に何かが詰まっているような気がして気分が悪い。
ポケットに手を突っ込む。ちゃり、という小銭の音を確かめて、購買部に向かった。人気のないスペースの端に数台並べられた自販機の一つに硬貨を滑らせて、出てきた珈琲を一気に飲み込んだ。
「はぁ…」
少しはましのような気がする。でも、全然良くなっていないような気もした。
気分が悪い。理由がわからない、それが、何より一番腹立たしいのに。
何もかも、ため息と一緒に出て行けばいいのに、と思う。この意味不明の感情も、先ほど見た光景も、全て。
手にした紙コップを潰して、備え付けのゴミ箱に投げ込んだ。一日ごみを食べ続けた箱は既に満杯に近く、その頂上にちょこんと乗った新しいカップは微妙なバランスでその位置を保っている。
あの卵も、こんな風だった。
ぐらぐらと揺れながらも、落ちまいと必死に留まっていたように思う。意識どころか、生まれ出ていもいないのに、もう命の危機を感じているのだろうか。それとも、土台がバランスを取っていたのか。あの、自分勝手の権化みたいな男が。
「……ちっ」
舌を打ち、ポケットに手を突っ込む。
まだ小銭は残っていた。
乱暴に扉が閉められてから、既に十分は経過しているだろうか。時計も見られないから、正確な時間が一切分からない。
つい三十分ほど前に、いつものように黄色い鳥が頭上から飛び立っていった。いつもなら何も残してなどいかないのに、今回に限り小さな卵を一つ残していったのだ。彼か、それとも彼女か、それすら知らなかったが、卵が残されるということはメスだったのか。どちらにしても、ここに卵が残されたということに変わりはない。
手を伸ばし一度は退けたものの、結局は戻してしまった。その感触が存外に暖かかくて、なんとなく触れてはいけない気がしたから。
だからそのままの姿勢で、出来るだけ落とさないように座り続けていることしか出来ず。委員たちへの指示はメールで事足りるし、今日は部屋に近づくなと一斉送信しておいたから、委員は誰も来ない。が、それ以外の要因にメールを送り損なっていたのは失敗だった。
きっと、彼は戻ってなど来ないだろう。なにせ感情が爆発しやすい性格だ、何がきっかけでそうなるかわからないが、機嫌が戻るきっかけもわからないことが多い。今日はもう無理だろう。
となると、当然あの鳥が戻ってくるまで自分はここでこうしていなければいけないわけだ。
「それも不便だな」
書類整理をしようにも、少しでも屈めば卵は当然前に転がってくる。仕方なく寝ようかとも思ったが、体は余計に不安定になるだろう。だからといって本を読むことも出来ず、つまりは八方塞で、暇なのだ。
だから、ただ一人訪れた訪問者に、本当は少しだけ、感謝していたのだけれど。
「…まいったな」
さてどうしたものか。
暇な時間は寝てしまうに限る、というのが信条なのに、それすら出来ないのはつらい。
なにより、あの緑色の目が、一瞬だけ歪んだのが頭から離れなくて。
ふう、とため息をつく。それに重なって、突然扉が開いた。
委員は誰も近づかない。生徒も教師も、余程のことがなければ近寄らない。
今、この部屋を訪れるものは、一人しか。
「隼…っ」
真正面、顔に向かって投げられた何かを、反射で受け止める。冷たく濡れたそれは、購買部近くの自動販売機で売られている、ストロー付きの緑茶だ。
「やる」
どうせ茶も飲んでねぇんだろ、と早口で捲くし立てながら、開けた扉を閉めた。自分の体を、その内側に滑り込ませることも忘れずに。
「…どうも」
自分でも間が抜けていると思う礼を返して、ストローをビニールから抜く。ぷつりと指し込みストローを口にすれば、喉を冷たい茶が流れていき、思ったよりも渇いていたのだということを実感した。
「まさか、戻ってくると思わなかった」
二、三度吸い上げて飲み込み、口を離す。ついて出た言葉に獄寺は、しかたねぇだろ、と何故か喧嘩腰に返事をする。
「十代目はいらっしゃらないし、野球馬鹿は部活で、エロ医者はどっかふらついてて、アホ牛もいねぇし、金もねぇし携帯の充電も切れたし」
出入り口から机までの距離を、真っ直ぐに歩く。
机の向こう、正面に立った獄寺は、幾分か頬が赤いような気はするが、いつもの顔でそこに居る。
「暇なんだ。頭に卵乗せた間抜けなてめぇしかいねぇくらい、暇で暇でしょうがねぇんだよ」
だから。
ぐ、と一度言葉を飲み込み、視線を逸らした男の髪が揺れる。銀色のそれが隠していた耳が現れ、真っ赤になっていた。
「動けねぇテメェにつきあってやる。ありがたく思えよ」
尊大で、上から見下ろした物言い。
なのに、真っ赤に染まった顔と耳が、その全てを裏切っている。
「…そう」
おかしくて仕方ない。どうしてこうも堂々とした嘘がつけるのか。しかもそれが通っていると思っているところがすごいと思う。
ああ、ほんとうに、もう。
「じゃあ、こっちにきて?」
可愛くて仕方ない。
「しっかしこれ本当に何の卵だよ」
珍しく書類の広げられていない机に、珍しく腰掛けていいなんていうから遠慮なく座らせてもらい、改めて目の前にちょこんと置かれた卵を見る。
どう見ても、普通の卵だ。スーパーに行けばワンパック二百円足らずで売られているものと、そう違いはない。ただ、それよりも一回りほど小さいような気もする。色も白というよりは多少黄色を帯びているように見えるし。
「さぁ。とりあえず、あれが帰ってこないことにはどうしようもないな」
「ふーん… ところでよ」
「何」
「これは、その」
左手を持ち上げる。
「こうしてなきゃダメなのか…?」
一緒に持ち上がるのは雲雀の右手で、つまりは向かい合って座っているだけのはずなのに、左手と右手が繋がれているわけだ。
「動けないから、こうしてなきゃ触れない」
「いやべつに触らなくてもいいだろ? つーかだからって手ぇ繋がなくてもよ…」
「本当におかしなことばかり気にする。いまさら手どころかか」
「いやいいこのままでいいからとりあえず黙れっ!」
不穏なことを言い出しそうな口を、空いた手で塞いで黙らせる。普段ぺらぺら喋るタイプでもないくせに、動けないことがそうさせているのか今日はよく喋る。
「最初からそう言えばいいのに」
「お前ほど頑丈な心臓じゃねぇからな」
塞いだ手を取られ、今度はそちらも繋がれてしまう。気になるのだが、それを言い出してはまたとんでもないことを言い出しそうだ。今度は塞ぐ手段がない。黙って好きにさせておくほうがいいだろう。
手はこのままでいい。とりあえず話を逸らそう。
「けど、何が生まれるにしても、今日明日の話じゃねぇだろ。お前このままここにいるつもりかよ」
「さすがにそれは避けたいけど」
「じゃあ」
「あれが戻ってきたら、一度下ろさせる。そうでもしなきゃ仕方ない」
「それもそう… あ」
遠くから、高いキーの校歌が聞こえてきた。話をしていたのに気づいたのか、それとも散歩に飽きたのか、件の黄色い鳥が窓から戻ってきた。そのまま、黒い巣に近づき旋回すると、止まる位置を見出したように体を埋めた。羽で卵を抱きこむことも忘れない。
「うわ、マジで抱いてる」
片方の羽で卵を寄せ、足の間に挟むようにして抱き込む。小さな体がするその仕草は意外と可愛くて、おもわずじっと見てしまう。
「でも体型に合わないような気がするよな」
「そう」
「確かカッコウって他の鳥の巣に卵産むんじゃなかったっけ? こいつそんなのだったらどうする」
「どうするもなにも、これが育てるならそれでもいいさ」
「へー。心の広い宿主だ」
「飼い主」
「この姿で言っても全然説得力ねぇ…」
頭に鳥とその卵を乗せたまま動きもしないくせに、どこが飼い主だろうか。巣、の方が正しい。きっと。
「そっくりな鳥が孵ったらコイツの子だよな。確か似たようなのが数羽居たから、全部兄弟だったのかもなー… でも鳥って雌雄あるよな。単体で卵作れないよな」
「知らない」
「だろうけどよ」
いくら名前が鳥の名前なんだとしても、鳥の生態に詳しいというはずがない。そういう自分とて、名前に鳥の名が入っているが、全く何も知らないに等しい。一般知識程度のことも知らないだろう。
「ヒバリなら面白いな」
「……は?」
「いや、だからこの卵。ヒバリの卵なら面白いなって」
じっと見ていると、黄色い鳥が少しだけ身づくろいをして、その小さな目を閉じ始めた。充分に散歩をして、眠くなってきたのかもしれない。
生まれ出でてくる雛がなんなのか、恐らくこの鳥も知らないのだろう。彼か彼女かはわからないが、この鳥が雲雀の元にきてもう随分経つ。鳥の繁殖期間など知りもしないが、人間ほど長いはずもないし、それを考えればこの鳥の卵が今日ここに突如として現れたこと自体が奇妙な話だ。つまり、この鳥の卵である可能性はかなり低い。なら違う卵なのだろうと、そう思うだけだか。
「…僕は卵なんて生まないって言わなかった?」
「いや、お前じゃなくて鳥のヒバリな? お前が生んだら怖ぇよ」
至極真面目な顔で、ぎろりと睨みつけられる。時々、冗談が全く通じない男だ。
はあ、とため息をついて、鳥を見るために近づいていた距離を元に戻した。不機嫌そうな顔をした人間の雲雀は、繋いだままの指を引っかくようにして不満を訴えてくる。
「…つーか、お前の卵でもいいじゃん」
「よくない」
「生んだとかは別にしろよ、もーそこから離れろよ。そうじゃなくて、なんの卵か知らないしわかんねぇけど、いいじゃん、雲雀の卵で。孵って、なんの鳥か判っても、こいつが温めてお前がこーして動かずに居たことに変わりないんだしさ」
こんなくだらない言い争いをしている間も、雲雀はぴくりとも動かない。出来るだけじっとして、卵にも鳥にも影響がないようにしている。これだけ尽くして、心を配しているのに、これを親と呼ばずになんと呼ぶのだろう。
己の中にある親の記憶など、大したものではない。父親も、長く母と信じた人間も、もうほとんど顔も覚えていない。
けれど、あの人の暖かい手を覚えている。母親だと、知りもしなかった頃に幾度か会っただけで、霞がかかりそうなほどに昔の記憶なのに、ちゃんと覚えている。
そんな風に、鳥だって覚えていてくれることだろうと思う。
暖め、守ってくれていた、誰かを。
「雲雀の鳥だってことに変わりはねぇよ。だから、ま、精々がんばれ」
爪を立てる指を絡め、繋ぎ返す。動きを止められた華奢な指は静止して、ふう、と息をつく音がした。
「…気にいらない」
「何が」
「思うとおりに出来ないから」
「はぁ? なんだよ、まだ何か飲みたいのか?」
「違うよ」
繋いだ手が引かれる。前に傾いた体は、自然と向かい合う雲雀の目前に引き寄せられて。
「したいことが出来ない」
「…たまにゃ大人しくしてらんねぇのかよ」
真っ直ぐに向けられた黒い瞳。揺らぎもしないその視線は、言葉なく訴えてくる。おかげでなんとなく言いたいことが判って、つい眉間に皺を寄せてしまう。
「無理だと思う」
「だろうな」
はあ、とわざとため息をついて、その肩に顔を埋めた。じっと顔を見たまま、なんてのは無理だ。絶対に無理だ。だから少しの猶予が欲しくて、学生服に頬を寄せる。もう慣れてしまった、自分とは違う制服の肌触りは、意外にさらりとしていて心地いい。
「隼人」
急かす声が耳に響く。うるさい、と返せば、わがまま、と言われる。どちらがだ。
「なんつーか、お前くらい正直なやつ見たことねぇよ」
本当に、何をするにも雲雀は正直だ。群れたくないと口にするのも、返せば一人で居るのが好きだからと公言しているようなものだ。
鳥を手に入れるきっかけとなった黒曜との一件だって、雲雀が気に食わなかったのは風紀委員や学校の生徒が一方的に襲われたからじゃない。自分の支配地に勝手に乗り込んでこられたのが気に入らないからだ。それ以外だって、とにかく奔放すぎるくらい奔放だから、時々ついていけなく感じることがあるけど。
「素直でいいでしょう」
素直じゃない。そういうのは、忠実というのだ。自分の思いに、直感に、欲に忠実に動く。喋る。だから、雲雀の言葉には嘘が無いというのも、知っている。
でも。
「…ばーか」
どれだけついていけないと感じても、わがままだと怒っても、最終的に許してしまうのは、雲雀が嘘を言わないからだ。素直に怒り、思いを向けてくれるから、それだけで許してしまう。
きっとこの卵は、カッコウではないだろう。嘘を言わない雲雀の頭を巣にするには、生まれる前から嘘をついている鳥はふさわしくない。きっと、とても綺麗な声で歌う鳥が生まれると、そう信じているから。
嘘の無い、素直な唇に望みどおりのキスを落とした。
数日後、鳥は見事にその殻を破る。
生まれた鳥は、どちらもが調べようとはしないままで何の鳥かは判らなかったか、親鳥と宿主の世話の甲斐もあり、一月後には海を渡るためか飛び立って行った。
遠く小さくなっていく影を見送りながら、寂しいか、と聞けば、少しね、と呟く雲雀の口元は微かに笑んでいて。それは見とれてしまいそうなほどに綺麗な横顔で、繋いだ手は遠い記憶にある母のそれと同じくらい、心地よい暖かさで包まれていた。
春コミ無料配布より。ちなみに元ネタはこれ。 ▲