霞み行く視界の向こう

 変わらないとは言えない姿と、あんなに嫌がっていた指輪を嵌めた指。
 意外と十年っていうのは長いんだな、なんて考えて。
 あ、違うか、十年未満なんだ、とか、本当にどうでもいい下らないことばかり考えながら。


 ぼんやりと、その姿を見ていた。


 突然飛ばされた世界は見覚えはあっても馴染みはなく、とにかく違和感ばかりだった。
 十年後の世界だ、と言われても、ハイそうですか、と信じられるほどに柔軟な頭はしていない。それでも、成長した山本の姿を見て、この状況を聞かされて、馴染みのない理由に漸く納得がいった。
 ここは、自分たちの世界ではないのだ。
 紛れ込んだ異分子は自分たちで、世界は正常で、これが当たり前なんだと。
 けれど、納得がいくということと馴染むということはイコールじゃない。体にまとわり付く気配、吸い込む酸素ですら、本来この世界にいるべきではない自分を拒んでいるような気がする。
 とにかく、焦っていた。
 自ら以上に混乱している十代目を目の前に焦っている自分などは出せなかったけれど、本当はとても、急いていた。
 帰らなければ。
 早く元の時間に戻らなければ。
 でないとこの体は、いつか活動できなくなってしまうかもしれない。元の、この時代の体が一番馴染むこの空気にこの身が慣れるためには、やはり同じだけの時間がかかるだろう。そんな時間を待ってはいられない。
 自らを保つために、早く帰りたかった。
 こんな世界、早く去りたい。
 十代目は存在せず、リングも消滅、イタリアではなく日本に居る自分、そしてバラバラのファミリー。
 何もかもが自らの思い描く未来図と違う、こんな世界から。

 焦りは心を乱し、視界を曇らせた。
 その結果が今のこの状態だと言われては、何も言い返せはしなかっただろう。確かにそのとおりで、隣で苦しそうに息をつく山本の怪我の大半もまた、自分の責任だ。何をあんなにむきになっていたんだろう。山本をファミリーに参入させるという話を聞いて以来胸にあったモヤモヤはなくなったけれど、あれは、この場所で始めるべき言い争いではなかったはずだ。
 もっと別の場所で、別の形で、解決できたはずだったのに。
 ざん、という音が耳に響く。まるで死神が振り下ろす鎌のように、地面に突き刺さる音。
 うっすら視線を上げればそこには、雷を纏う長身の男と、見慣れない黒尽くめの男が居た。
 ここから見るのでは質まではわからない黒いスーツに、ネクタイ。どこかで見たことのある、黒曜石のような深い、冷たい瞳。
 右手に嵌めたリングからは炎が噴出し、小さな箱に埋められる。飛び出す武器は、何所までも覚えがある、対になった武器。何度も打ち込まれた痛みは、今この体を支配する痛みの、どれよりも甘く、痛かった。
 ぼんやりと見つめていると、ほんの一瞬。コンマ以下の速度で、その瞳が此方を向く。黒く深い瞳に、冷たさと、懐かしさが過ぎった、気がした。確かめることも出来ないまま、すぐに相手に向き直る。
 ああ、そうだ。
 あんなにも焦っていた理由。帰りたかったわけ。
 それは、ここが望まない未来だったことと、もう一つ。
 俺は、お前に。
 この時代じゃない、見慣れたあの姿に、この体があるべき時代のお前に、会いたかったんだ。

 そう思った次の瞬間、意識が途切れた。
 最後に思ったのは、お前その髪型似合わない、なんて、とても場違いなこと。

十年後雲雀初登場。髪型についての小話。