good morning call.
間違い電話だったんだ、と言って納得する相手じゃない。
「だから、聞けって…」
「あれだけ言い聞かせてるのにまだわからないみたいだね。僕は眠りを邪魔されるのが何より嫌いだって」
「お前好きなもんの方が少ねぇじゃねぇか! つか、だから間違いだったんだってっ! お前にかけるはずじゃなかったんだっ」
「へぇ…」
ちゃり、と聞きなれた金属音。その両手には凶器が握られ、ただでさえ細い目がさらに細められて、冷たく見下ろしている。
朝の通学路。爽やかな風景に、なんと似つかわしくない男だろう。
「あんな朝早くから、僕以外の誰に電話するつもりだったの?」
「やっ、山本、だ、けど…」
「……どうして」
凶器からさらに何かが飛び出てくる。ヤバイ。本気で殺されるかもしれない。
「こ… の前、帰りがけに十代目と山本の店に寄ったときに、ジャージ、忘れちまって。今日、体育あんのに、あいつん家におきっぱで、だから忘れずに持ってこいって」
その日、本当にたまたま沢田と共に山本の家である寿司屋に寄り道し、一時間ほどゲームをしたり宿題を見たりと、いつもなら沢田の家でするようなことを、偶然山本の家でしたのだ。そのときに、いつも持ちなれないジャージの入ったバッグを、つい忘れてしまった。洗濯をしようと思っていたのに。結局その洗濯は山本家で行われてしまい、きっちり乾いておいてあるぜ、と笑顔で言う山本に、持ってこい、と言ったのは一昨日の話だ。
で、今日は体育がある時間割だから、まさか体操着がないから見学、だなんてみっともないことも、そんな理由で十代目の側を離れるわけにもいかず、仕方なく、朝一から山本に電話で念を押そうと、そう思ってかけた電話に出たのが。
今目の前で暗い空気を纏う、雲雀だった。
「どうして山本武にかける電話が僕に繋がる」
「うるせぇなっ! ひ、の次が、や、だったんだよっ」
これも本当だ。
途端に雲雀は、暗いだけだった目を、わずかに和ませて、こう言った。
「君… どれだけ登録件数少ないの? は行の次がや行って… もしかして、は行の前がさ行?」
「ちっ… げぇよ!!! た行っ!」
「誰」
「キャバッローネの跳ね馬だっ」
朝から散々だ。
「ご、獄寺君、大丈夫?」
二時間目の体育が終わると同時に机に突っ伏していると、つん、と腕を突付かれた。慌てて顔を上げれば、顔中に不安と恐怖を滲ませた沢田が立っていて。
「十代目」
「朝からすごい怪我だね。どうしたの?」
「あ、いや… ちょっと、絡まれまして」
雲雀に、とは言わずに誤魔化す。どうしても、あいつに負けたとは思いたくない。
「大丈夫?」
「はい。全然平気っス」
「そう? ならいいけど… 保健室、行ったほうがいいよ」
「あ、いえ。そこまでではありませんから」
向かいの椅子に腰を下ろした沢田は、でも、と言いかけて、すぐに何かを心得たように笑う。
「今日、シャマル休みだよ」
「え?」
「なんだか、イタリアに呼ばれたって、朝リボーンが言ってたから。誰かの手術だとかで、シャマルじゃないと手に負えないんだって」
本当は凄い医者なんだよね、と普段その片鱗も見せない保険医を笑顔でこき下ろした沢田が、席を立つ。目の前のそこは、本来彼の席ではない。
「だから気にしないで行って来なよ。さっきの体育で、怪我、つらそうだったし。ほら」
追い立てられて、仕方なく席を立つ。
教室内なら、そう危ないこともないだろう。ここには、気に食わないが山本もいる。沢田が危機に陥れば、命がけで守るだろう。
それになにより、ここまで心配をかけていては、いけない。
「…では、お言葉に甘えて」
沢田の言うとおり、保健室にシャマルは不在だった。本日臨時休業につき不在、可愛い子ちゃんたちごめんよ、という特に後半部分が心底不愉快な掛札がかけられていたが、部屋自体は鍵もかけずに開放されていた。もしかしたら誰かが使った後なのかもしれない。
室内は外からわずかに聞こえる何かのざわめき以外、本当に無音で。
無遠慮に誰もいないベッドへ体を投げ出した。白い、糊の効いたシーツが気持ちいい。
体には、朝からドンパチした所為で疲労がたまり、おまけに二時間目なんて中途半端な時間に体育をした所為でそれは倍に膨れ、横になったとたん、先程までなかった疲労が一気に押し寄せてきた。
駄目だ。寝るぞ、これは。多分、あと。
「五秒で」
そうそう、五秒くらいで眠れるはず。
「起きないと咬み殺す」
「は?? …って、うぉっ!」
反射的に左に転がり四つんばいで体を起こす。今まで自分のいた場所に銀色のトンファーがのめりこんでいるのを見た瞬間、ぞわ、と背筋が総毛立った。
「僕が寝不足なのに、君が堂々と眠れると思うの? 甘いよ」
「お前、今まで何所にっ」
「隣のベッド」
「気配なかったぞっ」
「君が間抜けなだけ」
引き上げた凶器に、羽が付いている。もうもうと舞う羽毛を鬱陶しそうに払った雲雀は、無残な姿になったベッドを一瞥して、顔を顰めた。
「君が避けた所為だ」
「つ、くづく自分勝手だなお前はよぉ!!」
黙って立っているだけなら、全体的に黒い雲雀に、白い羽毛は映えている。だというのに、口を開けばこれか。
朝も、ただの間違い電話だったのに、それが元々山本にかけた電話だと知った途端不機嫌になるし、登録している人間の中にディーノがいると知っただけで倍増させてキレまくるし。
おかげで、登校しきるまでの間、傷だらけの顔と体が冷たい視線に晒されたのだ。文句を言いたいのはこっちだ。
「で、君、いつまでその不恰好な四つんばいでいるの?」
「不恰好言うなっ!」
「犬にはお似合いだけどね」
「て… て、めぇ、だ、け、はーっ!!」
四つんばいの足に力を入れる。繰り出した蹴りは、けれど不安定な足場の為に大した力も入っておらずあっさりと受け止められ、次の瞬間、意識は暗転した。
保健室で捕獲した犬を担いで応接室こと風紀委員室に戻ると、当然授業中の所為で、誰一人として姿がない。窓は半分だけ開けられていて、正門に向いているそこからは風だけが通り、人の声すら届けなかった。
「ふう」
肩に担ぎ上げた獄寺を適当にソファに投げ出して、自分もその横に座り込む。
朝から何度も武器を振るった所為で、いつもの眠気が増している気がする。眠りが浅く毎晩熟睡は出来ないのだが、今朝は間違い電話でたたき起こされてさらに機嫌が悪かった。間違いでなければここまででもなかったと思うのだが。
「…まさか」
自分の思考に、鼻で笑う。
間違いであろうとなかろうと、朝早くから、それもまだ自分が眠っている時間帯に電話で起こされたのだ。相手が誰で、どんな用件であっても、自分の機嫌が悪くならないはずがない。
全く。何をして、何を言って、何を思っているのか。
「君の所為だ」
自分の全てが、狂っている気がしてならない。君の、行動一つで。
「どうしようも、ないね」
くあ、とあくびを漏らす。眠気は確実に体を支配し、弛緩させていた。
ゆらゆらと自分の体が舟を漕ぐのが判る。重たい瞼が落ち、座った体が自然と横に倒れ、こつ、と軽い音を立てて止まる。だるい瞼をわずかに上げれば、目の前には銀色の髪が流れていた。
「……まあ、いいか」
戻そうと思ったら戻れたし、この部屋にはもう一つソファがある。自分がそちらに行っても、獄寺をそちらに行かせても良かったが、なんだか何もかもが面倒でやめた。
それに、これも案外、悪くない。
すぐ隣で寝息を立てる獄寺の肩に頭を乗せたまま、雲雀は愛鳥がいつも目覚まし代わりにかけてくる言葉を聞くまで、ずっとそうして眠っていた。
本当に昨日は最悪だった。
朝から雲雀に間違い電話をかけたことで、眠りを妨げられるのを何よりも嫌う風紀委員長をキレさせ、なぜか自分の携帯電話の登録内容にまで文句を言われ、傷だらけでどうにかして登校したのに、結局保健室でまた会ってしまった雲雀に一発KOされて意識を失い、次に気づいたときにはなぜか応接室に一人きりだった、という。オマケに体中痛いのは仕方ないとして、大して傷も負ってないはずの右肩が嫌に凝っていて、風呂の中で何度か揉んだが一向に回復しない。覚えのない肩こりで、とうとう頭痛までし始めた。
俺は何をしに学校に行ったんだ、と自問自答したくなるほど、昨日はめちゃくちゃだった。
のに、だ。
「おはよう」
「……どちらさんに間違い電話ですかこのやろう…」
朝一、それもまだ自分がぐっすり夢の中で、沢田の家まで迎えに回ったとしても余裕で寝ていられるくらいの、窓の外ですらまだうっすらと明るい程度の時間にかかってきた電話の相手は、まさに昨日の悪夢の元凶で。
「君と一緒にしないでよ。僕はちゃんと、君にかけたんだ」
「あーあーそーですかい… でぇ? 何」
「今日は校門前で風紀検査があるから。服装と、学校に関係のないものは即座に取り上げ対象。肝に銘じておいて」
「……それで?」
暗に、普段着崩しがちな制服の正しい着用と、ダイナマイトと煙草とライターの持ち込み禁止を言い渡れて、それでもどうにかして返答する。この面倒くさがりの男が、たったこれだけのことで朝、それもまだ夜も明けきらない時間に電話をしてくるはずがないと、そう思い返した言葉だった。
「それだけだよ」
それへの返しは、あっさりと、一言だけ。
「それ、だけ?」
「そう」
「それだけ、で、お前は朝から、電話なんぞ…」
「君にだけは言われたくないな。それに、こんな情報リークしてあげてるんだ、感謝してもらってもいいくらいだと思うけど?」
「誰がっ」
布団の中で携帯を握り締める。凝った右肩が痛い。
「それにね」
ふ、と電話の向こうで雲雀が笑う。
「こうして電話を僕からかければ、君からの間違い電話で睡眠を妨げられることはないし、君も間違いようがない。一石二鳥だ」
「お前、な…っ」
「早く起きて、支度をしたほうがいい。遅れたら… わかってるよね」
最後の言葉だけ妙に低く言って、電話は切れた。布団の中で半分寝ぼけた頭のまま、耳に響く無機質な音を聞いて、はぁ、と溜息をつく。
もしかして、これから毎朝これで起こされるんだろうか。
たった一度、間違い電話をしただけで。
「……も、あいつ、ホント」
めちゃくちゃすぎる、という呟きは、突っ伏した枕に消えて。
二度寝の結果、昼過ぎに登校する羽目になった獄寺は、毎朝の電話を断る理由をなくしてしまい、結局、朝一風紀委員長直々のモーニングコールによる爽やかな目覚めを約束されるのだった。
雲雀グッズの台詞から。四種で、大まかに分けているところで区切りです。 ▲