間違い探し

「……何見てんだよ…」
 じい、と向けられる、何の遠慮もない視線に、眉間の皺が深くなる。
「いや、なんだか君のスーツが物珍しくて」
「はぁ?」
「隼人… この時代の君なら、いつでもスーツだったからね。そう珍しくはないんだけれど、幼い君だとなんだか新鮮で」
 考えるように顎に当てられる指が、するりと薄い唇を撫でた。
 雲雀のそういった仕草は、以前からよく見ていた。何かを思案したりするときに、時々出ていた仕草だ。それが十年後の世界でも出ているということは、あれから癖になっている、ということだろうか。
「でも、何か違うんだよね」
「…中身だろ」
 いくら同じ人間だとは言え、年の差は十。たった数分間だけど会ったという沢田や、この時代に生きるほかの人間に聞いても、やっぱり成長して違う人のようだよ、と言っていたほどだ。
 どちらも同じ、獄寺隼人、という名であっても、それはもう、全く違う生き物だ。
「中身?」
 唇に触れたまま、雲雀が首をかしげた。何を言っているんだ、とでも言うように、黒い瞳がまん丸に見開かれている。
 何だ、その反応は。
「いくらスーツ着たって、中が十四の俺と二十四の俺じゃ違って当たり前だろう、って」
「…身長が?」
「それもだけどな。いや、お前言ってることおかしいぞ?」
 身長とか体重とか、そんな外見的な問題だけじゃない。もっと中身とか、精神面とか、それによって変化するもの全て含めて、全く違う生き物だと、そう言っているのに。
「変な理屈だな」
 すっぱりとそう言い捨てた雲雀は、唇に触れた指を漸く離し、腕を組んだ。
「隼人は隼人でしかない。それは、月日が経っても、撒き戻っても、同じだ」
「…そりゃ、そうだけどよ」
「そんな問題じゃないんだよ。なにか、もっと、こう…」
 今度は腕を組んだまま何かを考え出す雲雀が、じっとこちらを見ている。なんだか、居心地が悪くなるような、そんな目だった。
「…ああ、そうか」
 暫くそうして眺めていた雲雀は、漸く思いついた、と組んだ腕を放す。
 そしてその手は、真っ直ぐにこちらに向かい。
「っ、何」
「ネクタイ」
「は、あ?」
 くん、と首にかけたネクタイが引かれる。
「ちゃんと締めてるんだ、いつもは。シャツのボタンもきっちり止めてる。だからだ」
「…そりゃ、遠まわしにネクタイちゃんとしろって言いたいのか」
「別にどちらでも構わないよ。そんなことに煩いのは、むしろ君のほうだったからね」
 引いた布地が離された。唇に触れていた、見覚えのあるそれよりはいくらか筋張った指先が、パンツのポケットにしまわれ見えなくなる。
 なんだ、それは。酷い矛盾だ。
「ホラみろ」
「え?」
 吐き出した言葉が、思ったより不貞腐れていた。それでも、一度口にした言葉は戻らない。
「…違うだろ。俺は、お前の知ってる隼人じゃねぇんだよ」
 同じだ同じだと言っても、やはりそういった部分が小さく食い違ってくる。ネクタイなんて嫌いだ、堅苦しいばかりで、していて息苦しくなる。ボタンだってそうだ、一番上までなんて苦しくて息が詰まるだろう。きっちりと締めるなんて考えたこともない。
 適当にかけていたままのネクタイを、思いっきり引いた。鎖骨あたりで留まっていた結び目が、ボタンが止まっている最上部でもある胸まで落ちる。
「俺にはこのくらいで丁度いい」
「…それは、構わないけれど」
 同じ言葉を繰り返した雲雀は、一度首をかしげて、再びじっと視線をよこした。あの、居心地の悪い視線を。
「…んだよ」
「うん、それでいいんだけどね?」
 にやり、とその口が笑う。
 やけにゆっくりと体を倒した雲雀が、肩に顎で触れた。
「見せ付けられると、触りたくなるんだよね」
「っ!!」
 耳元で囁く声。散々聞いていた中学生の声よりもずっと低いそれがさらに低く抑えられ、首筋と耳元を撫でていく。ぞく、という寒気と酷似したものを伴って。
「僕には僕の隼人がいるし、君の身は過去の僕のものだ。触れば君が過去の僕から制裁を受けるだろうからと、すこし遠慮していたんだけど。する必要がないのなら…」
 視界の端。スーツのパンツに仕舞われていた指が、見せ付けるようにゆっくりと姿を現す。
 そしてそれは、同じ速度で、自ら肌蹴させた肌に伸ばされて。
「わ、わかった!! ネクタイもシャツもちゃんとする!! だから…っ」
「そう」
 触れる寸前、もう熱が伝わりそうな位置にある指が、ぴたりと止まる。
「なら、早くそうしなよ」
 あっさりと体を引いた雲雀は、そう言ってくるりと背を向けた。
「…くそっ」
 わざとだったのか。
 そう気づいたときには、もう何もかもが遅いけれど。
 言われたとおりにするのも癪だが、何度もこんなことを繰り返されてはたまらないと、シャツのボタンをいつもより二つ多く留め、ネクタイを心持ち上で止めれば、待ち構えていたように雲雀が踵を返し、こちらを向いた。
「うん、それでいい」
「そーかよ」
「君が隼人である以上、手を出すことを抑える気はないから。それ位してもらわないと」
「全部テメェの都合じゃねぇか…っ」
 がっくりと力が抜けた。
 いつもより苦しいシャツの襟に手をかけながら、ため息をつく。
 本当にこの時代の自分は、こんな堅苦しい格好ばかりしていたんだろうか。同じ自分とは、とてもじゃないが思えない。こんな堅苦しい格好を選ぶなんて、何かしらの理由が絶対にあったはずだ。でなければ、たとえ十年経ったのだとしても、こんな格好を好んでするはずがない。
 一体、何が。
「…まさか」
 見せ付けられると触りたくなる、と言った。
 それが真実ならば、いつまでもこんな格好をしていては、いいようにされるだけだ、と言うことだ。
 未来の自分が、その阻止にとる方法といえば。
 ネクタイをきっちり締め、ボタンをシャツの襟まで止めてしまうしかないじゃないか。
「ばっ…… ばっかみてぇ…っ」
「何か言った?」
 再び首を傾げる。
 その顔が、本当に何にも気づいていないような、不思議そうなのが腹が立つ。何もかも、全部お前の所為じゃないか。
「何でもねぇよ!!」
 同情するぜ、未来の俺。

 決して届かないだろう、未来の己に向けた哀れみを心中で呟き、獄寺はもう一度、ネクタイをきつく締め上げた。

アニメ第六期OP画像より。隣同士というだけでここまで。