潔い背

「銃を扱う理由?」
 かくん、と首が傾けられる。
「そう。どうして?」
 向い合せで同じように傾ければ、遊ぶな、と諌める声がした。別に遊んでいるわけではなかったのだが。
「なんでそんなこと聞くんだ」
「銃より得意な獲物があると聞いたから」
 そう聞けば、ならどうしてそちらを使わないのか、と疑問に思うのは仕方ないだろう。
 二人の間にある机の上に散らばる多くの部品を前に、ちらりと視線を上げた男は、はぁ、とわざとらしいため息をついて、銜えていた煙草を灰皿代わりの皿に放り投げた。
「誰が… って聞くまでもねぇな、あいつはホント、どうでもいいことでは口が軽い」
 自らの上司に対して使うにはあまりにも失礼な言葉を吐いて、男は再び細かな部品に目をやる。それらは、順番通りに正しく組み立てれば、彼が得意とする武器の一つである、拳銃へと姿を変えるものだ。定期的に解体しメンテナンスをしなければ、汚れがたまり暴発の危険性がある。そのために、扱う人間には解体と組立の技術が必要だった。それらを完璧に身につけているのだろう男の手は、他愛もない話を続けながらも動き、部品についた煤を払っている。
「自慢したかったんだと思うけれどな、あの口ぶりは」
 数時間前に聞いた話を思い出せば、苦笑いが口をついた。
 きっかけは、確か武器についての話だった。これといって得意な武器があるわけでもない自分は、気分次第で獲物を変えている。時には拳銃、時にはナイフと、とにかくなんでもよかった。一通りの訓練は受けていたし、どれを使っても人並み以上に扱う自信もある。どれが得意、というのではなく、どれもが得意、だったのだ。だから、特に一つの武器に固執するようなことがなかっただけなのだが。
「君は器用だな」
 華奢な割に肉弾戦を主とする相手は、その体躯に似合わない派手なグローブの表面をつるりと撫でて、俺には無理だ、とぼやく。
「どうも、不器用らしい。武器の類は苦手でな… 君や雨月のように、武器を扱える人を尊敬するよ」
「部下はたいてい武器を使えるのに、君が使えないというのも不思議な話だ」
「Gのことか? あれは本当に器用だ。銃の腕前もかなりなのは君も知っての通りだが、それより得意な獲物があるのだから、器用という言葉でも表わせないな。なにより、あちらもなかなか捨てがたい、いい姿をしていると思うよ。贔屓目はなくしても、ね」
 普段から無表情の気がある相手が、口元を緩めながらそう評しても、絶対に贔屓目があるだろう、としか思えなかったが、それを口に出すのはやめておいた。まるで自分だけが知っているのだとでもいうような態度が、面白くなかったからだ。
「そんなこと言ってたのか?」
「うん」
 頷けば、下らねぇ、と言いながら、煤を払うブラシを机に置く。
 けれどその口元は、かの上司のように、ゆるく微笑んでいた。
「…それで、何の武器が得意なの?」
「言わなかったのか?」
「それからすぐに話題がそれたから」
 直後に、話題にも少しのぼった雨月が部屋に入ってきた。遠く遠い海の向こうにある国を出て来たという男は、それでも故郷の礼節を重んじていて、今でも不思議な服に身を包んでいる。邪魔をしただろうか、と窺うように入ってきた男を、大歓迎だと迎えた部屋の主は、それきり話を変えてしまった。おかげで、肝心な部分を聞きだし逃している。
「別にそんな大したもんじゃないぞ」
「うん。それで?」
「……人の話を聞けって…」
「聞いてるさ。聞いているうえで、何と聞いているだけ」
「つか、なんでそんなに知りたがるんだよ。たいしたもんじゃねぇし、知らなくても仕事に支障は」
「あのね」
 まだ続くはずの言葉に、自分の声を重ねた。言葉を途切れさせられた相手は、むっとしたように顔をしかめるが、気にせず机から乗り出してその頬に手を伸ばす。
「君は本当に分かっていないようだから何度でも言うけれど、仕事だとかそんなことは全く関係なく、僕が知りたいんだ」
「ア…」
「僕が、君のことを知りたいんだよ」
 するり、と頬を撫でる。刺青の施された右の頬とは違い、僅かな傷しかない左の頬を撫でれば、皮膚がびくりと痙攣した。頬を過ぎ、耳に触れて、髪に指を絡める。少しだけ長いそれは、とても奇麗な赤色をしていた。
「誰かが知っているのに、僕が知らないのは嫌だ」
 得意げに幼馴染の自慢をするのを黙って聞いているのは、とてつもない苦痛だった。けれど、それを甘じて受けてでも、知りたかった。あの時、楽しげに自慢話をする相手に苛立ちながらも大人しく口を噤んで話を聞いていたのは、知れる、と思ったからだ。
 長く、長い時間を共にしてきた彼らだけが知り得る、決して自分が共有することのできない時間の中に存在する、情報を。
「ねぇ、教えて?」
 項に回した指で首をひき寄せれば、少し腰を浮かすようにして抵抗なく近づいた。その目は驚いたように見開かれ、髪ととてもよく似た色合いの瞳が、まっすぐにこちらを見ている。
「っ…」
 その色に引き込まれるように、近づけた唇に触れた。ぴくりと震えはするものの、抵抗らしい抵抗もなく、目の前の赤い瞳が閉じられる。視界の端で、押しのけるためにか上げられた腕が、何をすることもなくまた戻されるくらいで。
「…お、しえろって言っておいて、口ふさぐ奴があるか」
「あ、そうだね」
 深く探ることはせず、数度啄ばむようにしてから離れれば、とたんに文句を言う様子に笑って、手を離した。最後に耳元を撫でれば、まるで猫の仔のように、首をすくめる。そんな仕草が、なんだかとても愛おしかった。
「それで、何なの?」
「…本当によくわからん奴だな」
 はぁ、とわざとらしいくらい大きなため息をついて、首を引く。先ほどよりは明らかに数の減った小さな部品たちを一度見やってから、顔を上げた。
 その顔には、先ほどとは違うものの、どこか柔らかに思える笑みが浮かんでいて。
「明日にでも見せてやる」
「本当に?」
「ああ。そんなにいいもんでもねぇけどな」
 幼馴染の評価に対する言葉なのか、それとも、しつこいくらいに見たいという自分に対する牽制なのか。綺麗に組みあがった拳銃と手に着いた煤を布で拭いながら、早口で言う。
 だめだ、絶対に分かっていない。
「そんなの関係ないんだよ」
 僕は、君のことだから、知りたいと思うし、見たいと思うのに。
 そんな思いを予想すらしないのだろう。わからない、と首を傾げる男は、黒く煤で染まった布を屑籠に投げ入れた。


 翌日、射撃場の片隅で見せられた立ち姿は、どこか凛とした空気を纏うもので。
 放たれる矢も、撓る弓も、すべてがどうでもよくなるくらい奇麗で潔い背は、確かに見惚れるほど、いい姿、だった。
 かの男が、あれほどまでに自慢したくなる気持が痛いほど理解できて、それはそれで何となく複雑だったのだけれど。

初代カラーリング判明記念。Gさん、赤。