01. 気が付けば君を探してる

 ある日唐突に、同級生に言われたことがある。

 あいつは本当にお前が居ないとだめなんだな。

 そんなことあるわけないだろう、と笑いながら返して、でも心の奥底のほうで、そんなことがあったらいいのに、と思っている自分が居る。
 そばに居て、離れないで、消えてしまわないで。
 いつもいつも、まるで祈りのように繰り返されている言葉は、本当は。


「準サン、元気なくない?」
 ずい、と目の前に現れた顔に、あきれて額にチョップを入れた。
「痛いっ」
 わざとらしく痛がる様子に、痛くしてるんだから当たり前だろう、と冷たく言い放って、席を立った。
 夏の地方大会をまさかの一回戦負けしてから、一ヶ月。
 夏は容赦なく深くなり、毎日蝉の声と戦いながら、それでも野球部は動いていた。
 先輩たちは当たり前みたいな顔で部活に出入りしているし、下級生たちもそれを当たり前に受け止めていた。でも、以前と確実に違うのは、河合はキャプテンではなくなったし、正捕手ではなくなった。ほかの上級生すべてがポジションからはずれ、今はもう、桐青の正捕手と言えば目の前の後輩で、キャプテンといえば同級生の四番バッターだ。
 甲子園が開幕し、毎日特番が組まれて、結果を伝える。
 その場に居たかった。蒸し暑いことが何だ、雨が降ったって、雷が鳴ったって、甲子園という地に立てば、自分たちは無敵になれると信じていた。
 でも、それはかなわなかった。尊敬する先輩たちを、連れて行くことは出来なかった。
 それは、悔やんでも悔やみきれない、事実。
「準サン」
 部室までの距離を、利央はうっとうしいくらいついて回る。
 大体、学年自体は一つ下のはずなのに、どうしてだかこいつはよく二年の教室に顔を出した。クラスメートたちはそれに慣れてしまって、最近では教室に後輩が居るという感覚ですらないらしい。扉が開かれ、そこに立っているのがクラスメートでも同級生でもない、一つ年下の後輩だと分かっていても、誰一人違和感がないというのだから、どうなんだろう、それは。おまけに、女子にいたっては可愛い可愛いと構い、菓子だなんだと与えるものだから、後輩は余計に入り浸る。
 悪循環だ、と思っている。でも、利央はどれだけ言っても教室を訪れることをやめなかった。
「だって、そばにいたいんだ」
 語彙の少ないロースペックの利央からは、同じ言葉ばかりが転がりだしてくる。
 準サンのそばにいたい。
 怒ってもいいよ、嫌いでもいいから、俺から離れていかないで。
 お願いだから、消えていなくならないでよ。
 そんな風に、まるで祈りをささげるように。
 でもきっと、お前は知らないんだよ。
「え、ちょっとまって、準サン。部室、こっちじゃな、い…」
 腕を掴んで、部室までの道を強引に曲げさせた。桐青はエスカレーター式のカトリック校だ。真面目に信仰している生徒ばかりとは限らず、中には一番学校が近かったからとか、最初に入ったのが桐青でそのままエスカレーターでとか、理由はさまざまだ。それでも、歴史だけは無駄に長いし、校舎も増改築を繰り返してきて、決して新しいスタイリッシュな分かりやすい建物ではない。校舎裏に入っていけば、簡単に人目につかない場所がある。自然を愛するのが当たり前だと、敷地内には緑も多かったから、見つけにくさは倍になる。
 校舎脇の、部室棟まで続く道のを、少し外れた場所。
 どの場所より一番見つけにくい場所に、腕をひいたままずんずん進んで、ぴたりと足を止めた。
「……部活、遅れちゃうよ?」
 エースがやばいよ、と利央の心配そうな声が聞こえる。
 それを無視して、そんなに身長も変わらない利央の肩に、額を押し付けた。
 びくん、と肩が震える。それも無視して、腕を掴んだまま、だだそうしていた。
「……準サン」
 お前はしらない。
 お前が毎日祈りのようにして俺に呟きかける言葉は、本当は、俺の言葉なんだってことを。
 そばに居ないと嫌だ。
 離れるだなんて、言うことだって許さない。
 消えてなくなるくらいなら、いっそ。
 お前が思うよりも言うよりも凶暴に、暴力的に、俺は思っている。
 甲子園にいけなかった。そのことを、俺が悔いている。今でも、傷として残っている。
 そう思い気遣うお前を、俺は誤解も解かずにそのままにしている。
 そのこと自体は確かに悔いているけれど、もう、仕方のないことだから。代わりに俺たちがあの舞台に立つことが精一杯の恩返しなんだと、そう信じて今は前を向けている。
 それを隠している。かくして、お前が俺を探しているのを、喜んでいるんだ。
「利央」
 小さく呼べば、空いた腕が肩をゆるく抱いてきた。今はもう、昔の子供みたいな利央ではない、がっしりとした正捕手の腕。
 幼いころ遊んだかくれんぼのように、ただひたすら探し続ける利央。


 そんなお前を探している俺を、浅ましく醜い心を、お前は一生知らないでいてくれ。

コミックで桐青敗戦未発表でした。準太は小悪魔推奨。利央側はこちら。