02. あんな表情、知らない

 最初は遠くから見るだけだった。
 ああ、またやってる。
 飽きないな、まったく毎日毎日。
 そうやって遠くから見ているだけだったのに、気づいたら、そのすぐ近くに居る自分に気づく。
 そうしてまた、思うのだ。
 またやってる。
 どうして飽きないんだろう。


 毎日同じことの繰り返しではないけれど、似たことの繰り返しを、しているだけの日々を、見ていることに。
 どうして僕は、飽きないんだろう。


「十代目ーっ!!」
 梅雨も明け、期末テストも終わった校内はすでに夏休みムード満載だ。浮かれて問題を起こす生徒が現れるかもしれないと、見回りの人数と回数を増やすという通達を、出したばかりの放課後。
 誰の目も口も気にすることのない大声が、グラウンドから響いてきた。
 ああ、またか。
 自然と口をつくため息に、どうかされましたか、と即座に委員が反応してくるが、それを腕を振るだけで黙らせ、下がらせた。がらん、とした応接室には、自分ひとりの影だけが残る。
 窓に乗り出せば、グラウンドを横切る、この学校で唯一の天然銀髪の後姿が見えた。だらしなく出されたシャツの裾も、きらきらと夏の日差しに反射するアクセサリーも、それが誰なのかを言葉なく知らせている。
 その後姿は、先を歩く小さな背中に走りより、一言二言交わして、頭を下げた。その彼に何度も手を振った相手は、申し訳なさそうにしながら先を急ぐように校門から出て行く。
 おや、めずらしい。
 まるで忠犬のように付き従う彼と、その主人は、常に一緒に居る。なんだか意味のわからないことを口走る忠犬は、お一人だと心配だとか、スパイはどこにでも居るだとか、穏やかでない理由をつけて一緒に帰るようだったけれど、今日は珍しくお供を断られたようだ。
 明らかに気落ちしたらしい彼は、ふう、と遠目に見てもわかるくらい明らかに肩を落として、くるりと振り返る。しぶしぶとグラウンドを横切り、少しずつ、その姿が大きくなってきたる。
 次第にはっきりと、落ち込んだ顔が見えてくる。眉を下げた、情けない顔。
 僕は、そんな顔は知らない。
 いつでもまっすぐに突っ込んでくるしか脳のない猪みたいな君しか知らないから、そんな顔は見たことがないし、見たいとも思わない。
 制服の胸ポケットを軽く叩いて、かさりと音がするのを確かめる。確か、数時間前に生徒から取り上げた飴玉だ。別に飴玉を食べる程度で口うるさく言う気はないのに、すみませんでしたと、自分から頭を下げて袋ごと置いて去っていったのだ。だから、取り上げた、という表現は正確ではない。でも、なんだかんだで適当につまんでいたのだから、まぁどちらでもいいだろう。
 もう残り少なくなっていたうちの一つを取り出して、一度宙に投げる。ぱし、と受け取った手のひらで感触を確かめて、勢いよく窓の外に放った。
 風を切る音をたてて飛んでいく小さな粒は、目的の場所に当たり、地面に落ちる。
 目的の場所もとい相手は、頭を撫でながら自分の周りを見渡して、小さな包みを持ち上げる。不思議そうに眺めてから上げられた視線は、ぱち、と音を立てたのではないかというほどに、こちらの視線とかみ合った。
 その顔があまりに間抜けで、思わず笑ってしまう。とたん、間抜けな表情が不機嫌そのものになる。
「っ、てっめぇ!! 雲雀!! お前絶対そこ動くなよっ!!」
 行儀悪くこちらを指差した相手は、そう言い放つと、今までの捨てられた犬みたいな顔が嘘のように、生き生きとした様子で駆け出す。
 拾い上げた飴玉を、懐にしまいこんで。

 ああ、本当に、どうして飽きないんだろう。
 猪突猛進とばかりにまっすぐにつっこんでくる馬鹿相手に、どうして。
 ばたばたと、遠慮なしに廊下を駆け上がってくる音がする。そう間をおかずに扉が開かれるだろう。委員の一人も戸外に残しておかなくて正解だった。委員では彼にはかなわない。
 それに。
「彼を傷つけていいのは、僕だけだからね」
 だから別に、知らない顔の一つや二つ、許容してあげるさ。
 その代わりに、僕以外の誰からも、傷を受けることは許さない。

 足音が近づく。
 腕の仕込み武器を確認して、窓から下りた。
 ああ、それでも。


 扉を開いた、怒っているのにどこかうれしそうな君の顔なんて、多分、僕以外は誰も知らないだろうな。

妙な独占方法をとりたがる雲雀。獄寺側はこちら。