05. このしるしに所有されているのはどっちだろうね

 君はこれを家族の証だという。
 果たしてそれは、君にとってか、これにとってか。

 手元に残された一つの指輪は、あまり見たことのないデザインをしている。元々飾り物に興味が薄いから、流行りもなにもわからないし、今はこういうものが一番好まれているのかもしれないが、自分の中にある指輪というものは、少なくとも二つのリングが一つになったりしないし、自然発熱だってしない。これが異端だということくらいは判る。
 その指輪と違うデザインの、けれど同じシリーズの指輪の一つを、その指に収まるどのリングよりも大切そうに扱う君は、証なんだ、と言う。
「証?」
「そうだよ。これがこの手にあることは、ボンゴレの一員であることの、何よりの証だ」
 何かと応接室改め風紀委員室に出入りする君はそう言って、手を掲げてみせる。そこには、件の指輪が一つだけ。
「それだけじゃねぇ。ただの一員じゃねぇんだ、幹部だっていう証で、許可証みたいなものだ。それを、戦って手に入れた」
 指が翻る。銀が蛍光灯の白い明かりを反射して、少しまぶしい。
「こんなに誇れることはない」
 ゆるりと手が下りて、指輪に唇で触れる。
 それは、嘘のように、神々しい光景で。
 ああそういえば君宗教色が強い地域出身だったんだよね、なんて、くだらないことを思う。
「君、負けたんじゃなかったっけ」
「っ、そりゃ、個人戦での話だろ!」
「そう。つまり君は」
 日誌に名前を書き込む。その作業が好きだった。名を入れるだけで、文章全体が引き締まるように感じて、いつも最後に名前を入れる。テストでも、日誌でも。
「勝って手に入れたわけじゃない」
 最後の止めを入れて、ボールペンに蓋をした。机に仕舞い、顔を上げる。
 窓を背に置かれた机の向かい側にあるソファに座った君は、こちらを、まるで信じられないものを見るような目で見ている。緑色の瞳がやがて暗く沈んでいくのを、どこか冷めた思いで見ていた。
「…俺に、これを持ってる資格がないとでも言いたいのかよ」
「別に。僕は興味ないから、君の好きにしたらいいんじゃないの」
 事実、改めて届けられた指輪を、一度は引き出しに無造作に仕舞った。何度か、もっと厳重に保管するか常に手元に置いておくぐらいしてくれ、と金髪の鞭使いに言われ、それなら持って帰れと突き出したこともある。それ以来文句は言ってこないが、自らの持ち物管理くらい出なければ風紀委員失格だと去り際に言われて、なんだか腹が立ったからとりあえず持ち歩いてはいる。制服のポケットに入れっぱなしにしているだけ、とも言うが。
 君のように、特別な思いを持って手に入れたわけでも、持ち歩いているわけでもない。
 だから、正直、そんなに宝物のように扱う君の心情は、理解できない。
「これは…っ」
 革張りのソファが軽くきしむ。白い光が、銀色の髪を更に薄くした。
「ファミリーの、証だ。十代目の、ファミリーだっていう証拠で、この世でたった七人しか、もってない」
「それで?」
「……お前にとっては、その程度でも、俺は…っ」
 暗く翳ったモスグリーンが下を向く。握られた拳からぽつんとはみ出したシルバーの突起は、なんだか異物みたいで、君には似合わない。
「もういい、お前と話してても無駄だ。帰るっ」
 勢いよく跳ね上がった銀髪の向こうから、親の敵を睨むように鋭い目つきで見て、くるりと踵を返した。握られた右手はそのままで、左手で乱暴に引き戸を開けて、さっさと出て行く。扉を乱暴に、ぴしゃん、と締めていくのも、足音荒く廊下を走っていくのも忘れない。
「…行儀の悪い」
 ふ、と息を吐く。扉は勢いの反動で少しだけ開いていて、そこから遠ざかっていく足音が聞こえた。
 馬鹿にしているわけでも、なんでもなく、ただ興味がないだけだ。
 鞭使いの細かい話は、覚えているが全く興味を惹かれない。マフィアだの抗争だの相続だの、馬鹿馬鹿しくてくだらない。そんなことに必死になれるほど暇じゃないし、思い入れもない。この街が気に入っているから、イタリアなんてどうでもいい。
 一生、そのはずだった。
「…やあ、どこに行ってたんだい?」
 羽ばたく音がして、肩に一羽の鳥が舞い降りる。すっかり慣れてしまった黄色い鳥は、何度か名前を繰り返して、ばさりと目の前に降りてきた。
「困ったものだね、君の教師は」
 ファミリーだの、証だのなんだのと。
 その身を、命を、誰かに預けるのだと何度も繰り返し聞かせて。
 それで心地よくなっているんだから、多少の八つ当たりくらいされろというのに。実力行使に出なかっただけでも、優しいほうだ。
「帰ってきたばかりだけど、もう一度出掛けてくれる?」
 小さなまん丸の瞳が、じっと見上げてくる。
 一分もそうしない間に、何を感じ取ったのか、黄色い体が舞い上がる。来たときと同じように羽ばたく音が、窓の外に消えていった。
「……君もあれくらい賢かったら助かるんだけど」
 肩に掛けたままの制服の胸ポケットから、指輪を取り出す。
 銀色の丸みを帯びたフォルムは、確かに綺麗だと思う。
 けれど、人口の明かりの下、白く淡く輝く銀色のほうが、よほど。
「全く、所有されているのはどちらなのか」

 君が証として所有しているのか、君の証として所有されているのか。
 遠くに響く高い声の校歌を聞きながら、銀色の指輪を、制服のポケットに投げ入れた。

リング戦直後。「幸せな温度2」設定引いてます。獄寺側はこちら。